俺は絶句した。薄暗く、じめじめとした牢屋に放り込まれてしまった。鉄格子の冷たい感触が腕に伝わる。床は湿っぽく、カビのような匂いがする。
明らかに人違いだろ……。隙を見て逃げるか? それとも、強引に出ていくか?
う~ん……無実を訴えるか? はぁ……最悪だ。そもそも、罪状はなんだよ? なんの疑いで捕まったんだ?
壁にもたれかかり、今後の身の振り方を考えた。
——ミリアとの再会と予期せぬ展開30分ほど牢屋の中で今後どうしようか悩んでいると、外が騒がしくなってきた。慌ただしい足音や、何かの言い争うような声が聞こえてくる。
「この町は騒がしいところだなぁ……他の町か村に移動するか……いや、それでもまずはここで情報収集しなきゃだよな」
聞き覚えがある声が聞こえてきた。怒っている口調で、兵士たちに何かを言っているようだ。その声には気品と、どこか必死な響きがあった。
兵士を怒鳴り散らせるくらいの、偉い人が来たのか……。
関わらないようにするか……それとも、その人に無実を訴えてみるか? いや、そもそも平民の俺は相手にされないんじゃ? 内心で迷っていると、声はますます近づいてきた。
声がだんだんと近づき、牢屋のある部屋のドアがギィと音を立てて開いた。眩しい光が差し込み、入ってきた人物を見て、俺は目を丸くした。そこにいたのは、昨日助けた少女だった。彼女の淡い金色の髪が光を反射し、青い瞳が俺を捉えた。
「ゆ、ユウヤ様っ!」
少女は俺を見つけると、輝くような笑顔で駆け寄ってきた。その瞳は喜びで輝いている。顔は知っているけど、名前がすぐに出てこない……。
「えっと……誰だっけ?」
俺が首を傾げると、少女は少し頬を膨らませた。その仕草は、昨日の可愛らしい少女そのものだった。
「わたしですっ! 助けていただいたミリアですわっ!」
「あぁ。思い出した! そうそう……ミリアだったな」
俺はポンと手を叩いた。ようやく記憶と名前が結びついた。
「それで悪いんだけど……人違いで捕まっちゃったんだけど、助けてくれないかな?」
俺は苦笑いを浮かべた。まさか、こんな形で再会するとは。
「……すみません。手違いで……このような事態になってしまい……本当に申し訳ありません! お許しください!」
ミリアは申し訳なさそうに涙目になり、その透き通るような青い瞳を潤ませながら深々と頭を下げてきた。彼女の後ろにいた、いかにも偉そうな兵士も、慌てて頭を下げて謝罪をしている。その場の空気が一気に張り詰める。
「え?」
俺は戸惑った。てっきり人違いで捕まったのかとばかり思っていた。
「ユウヤ様にお礼と……お話をしたくて、探すように命じたのですが……まさか捕らえて投獄をするなんて思っていなかったのでビックリしました」
あぁ……えっと……それって、人違いじゃなかったんだな……。優秀な兵士さんってことね。探し出して「保護しろ」と「捕らえろ」じゃ、扱いは全く違うよな。ちゃんと「探し出して保護しろ」って言ってくれよな~。
まだ話したそうにしてたのに、急に立ち去った俺も悪かったよな。でも貴族とは関わりたくないんだよな。俺は、ただゆったりとした生活がしたいだけだし。このまま面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
「まあ……でも誤解が解けてよかったよ。急に立ち去った俺も悪いしな」
俺は少し気まずそうに言った。
「ユウヤ様は何も悪くありませんっ! 早くこのお方を出しなさい!」
ミリアは毅然とした口調で兵士たちに命じた。その声には、貴族としての揺るぎない威厳が宿っていた。兵士が慌てて牢屋の鍵を開けてくれた。
鉄の扉が重々しく開く。
「はぁ……助かった」
俺は安堵の息を漏らした。強引に出ていかなくて本当によかった。危うく、この町から締め出されるところだった。最悪、近隣の町にも人相書きが出回っていたかもな……
「ユウヤ様、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
再びミリアが深々と謝罪すると、兵士たちも一斉に頭を下げてきた。彼らの頭が深々と下がる様子は、貴族の権力の大きさを物語っていた。この世界の貴族は、想像以上に大きな力を持っているようだ。
「それで俺は、どうなるんだ?」
「どうなるとは……?」
ミリアが首を可愛くコテリと傾げた。その仕草は可愛らしいが、どこか現実離れしている可愛らしさだ。映画の中でしか見られなかった、金髪の美少女が可愛らしい仕草を目の前でしている。
「俺は、釈放で自由だよな?」
「はいっ。もちろんですよ♪」
彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は牢屋の薄暗さを吹き飛ばすかのようだ。
「良かった~なんか疲れちゃって、早く帰って昼食を食べて休みたいかな……」
早くテントに帰ってラーメンを食べる予定なんだよな~。とりあえず、早くラーメンを食べたい! あの背脂の効いた醤油スープの味が、脳裏をよぎる。
「昼食でしたら……わたくしの家でいかがですか?」
ミリアが遠慮がちに誘ってきた。貴族の食事にも家にも興味はあるけど、作法とか礼儀とか知らないから疲弊しそうだ。丁重にお断りしたい。
「いや……遠慮しておくよ」
「……ダメですか? ……どうしてもダメですか?」
「さて――二人とも、今から働いてもらいますからねっ」「「はいっ!」」 元気よく返事をする二人に、俺は異次元収納の使い方を教えた。空間が歪み、吸い込まれるように物が消えていく様子に、二人は目を見張っている。売上金もその中に入れてもらうようにして、必要なときに俺が補充や確認ができるようにする。 そして――給金の話。「給料は月に一回。初めに聞いた通り、金貨一枚ずつで」 そう言った瞬間、二人はぴたりと動きを止めた。 ……ん?なんで固まってるの?安すぎた?それとも高すぎた?俺が困っていると、デューイがそっと耳元に顔を寄せてきた。「……払いすぎです。店の店員の給金ではありませんよ。それ、王国の役職持ちの給金レベルです」「……あ、そうなんだ」 でも、まあ――「役職付きだった大隊長を雇うんだから、二人はそれで良いんじゃない? その分、しっかり働いてもらうよ。店の護衛や品出しとかね」 俺はニヤッと笑ってみせた。特に理由はないけど、なんとなく言ってみたかっただけだ。女性護衛は顔を赤くしながら「……はいっ」と答え、デューイは苦笑しながら「……了解しました」と頭を下げた。 ――うん、いい感じだ。「では……有り難く頂いておきます。出来ることなら何でもやりますので、何でも言ってください」「……有難う御座います」 真剣な表情で頭を下げる女性護衛に、俺も思わず頭を下げ返した。 ――いや、でもさ。 メイドさん……話が違うんですけど……?金貨一枚って、そんなに高かったのか?こっそりミリアに聞いてみると、どうやら帝国と王国では、貨幣価値に多少の差があるらしい。 ――それ、先に説明しておいてよ。 まあ、今さら言っても仕方ないか。お金を扱う以上、信用してい
――許可証だけじゃなく、看板まで……。これがあれば、誰が見ても“王国公認”の店だと分かる。下手に絡んでくる連中も、さすがに手を引くだろう。「そうだ。他にも許可証って取った方がいいの?」俺が念のために尋ねると、デューイは即座に首を振った。「必要ありません。この店は、王国の事業として正式に認可されています。よって、商業ギルド・薬師ギルドの干渉も受けません」「……はぁ~、良かった」思わず、肩の力が抜けた。もう、面倒事は勘弁してほしい。静かに、穏やかに暮らしたいだけなのに――この数日で、俺の日常は完全にひっくり返った。薬屋として、平和に過ごしたかっただけなのに。気づけば王族になり、モンスターや盗賊に襲われ、果ては貴族と揉める始末だ。 ――あはは……辞めるタイミング、逃しちゃったかな。正直、うんざりしてた。でも、看板を手にした今――デューイや、ミリアや、あの店を頼ってくれる人たちの顔が浮かんだ。 ……続けるか。俺は、看板をそっと見つめながら、小さく息を吐いた。「よし。じゃあ、もう少しだけ頑張ってみるか」 ――そうだ。 女性護衛とデューイの話し合いの時間、ちゃんと作ってあげないと。「デューイと、今後の話し合いをしてきて良いよ」俺がそう声をかけると、女性護衛は少し気まずそうに視線を逸らし、デューイは「?」といった顔で首をかしげた。そこで、ミリアがふわりと微笑んで一言。「二人の将来の話をしてきても良いわよ」その言葉に、二人は一瞬固まったあと、顔を赤くしながら少し離れた場所に移動し、向かい合って座った。 ――うん、いい感じだ。「デューイが店に来てくれれば助かるんだけどなぁ~」俺がぽつりと呟くと、ミリアが紅茶を口にしながら首を傾げた。「そう
一通り、重傷者の治療を終えたあと、 俺は店の奥の部屋に戻って、椅子に深く腰を下ろした。 ――ふぅ……さすがに疲れたな。ようやく一息つけると思った矢先、 店の方から騒がしい声が聞こえてきた。怒鳴り声と、人々のざわめき。 外の空気が、ざわざわと波立っているのが分かる。ん?……またお貴族様か? しつこいなぁ……。面倒な予感しかしない。俺はため息をつきながら店の方へ出てみると、 案の定、貴族風の男が護衛と兵士を引き連れて騒いでいた。顔を真っ赤にして、店を指差して怒鳴っている。「おい! 商業ギルドと薬師ギルドの販売許可は取っているのか!?」 ――は?そこまでの許可は……取ってないけど? ていうか、必要なの? そんなに?俺は一瞬、言葉を失った。 ……なんだか、面倒になってきたな。別に、薬屋をやりたくて仕方なかったわけじゃない。 ただ、誰かの役に立てるならって思って始めただけで――俺は、楽しく暮らしたいだけなんだよ。金なら、もう結構貯まった。 この店ごと、国王――義理の父親に買い取ってもらえば、 現金収入も得られるし、バカ貴族に絡まれることもなくなる。 ――それも、悪くないかもな。こいつのお陰で決心がつきそうだわ。俺は、静かに視線を貴族の男に向けた。その目は、怒りというより―― ただ、うんざりしていた。「あ、許可は取ってないですね」俺が正直に答えると、貴族風の男はニヤリと口元を歪めた。「ほぉ~、取っていないのか。では――違法だな。……コイツを捕らえろ」男が護衛兵に指示を出すと、兵士たちがじりじりと俺に近づいてくる。 ――はぁ、やっ
しばしの静寂のあと、ミリアがそっと紅茶を口に運び、 俺も、冷めかけたカップを手に取った。 ――さて。そろそろ、店に向かう時間か。気持ちを切り替えるように、俺はゆっくりと立ち上がった。「じゃあ、俺はそろそろ行ってくるよ。 今日から本格的に動き出すし、準備もあるからね」そう言いかけたところで――「わたくしも、ご一緒いたしますわ」ミリアが、当然のように立ち上がった。「えっ? ミリアも来るの?」「はい。ユウヤ様のお店がどのように始まるのか、 この目で見届けたいのですわ。 それに……わたくしも、少しはお役に立ちたいですもの」そう言って微笑むミリアは、すでに外出用のドレスに着替えていた。 ――完全に、行く気満々だったらしい。「……そっか。じゃあ、一緒に行こうか」「はいっ♪」ミリアは嬉しそうに頷き、俺の隣にぴたりと並んだ。こうして、俺とミリアは並んで屋敷を出た。 新しい一日が、静かに、でも確かに動き出していた。病院との軋轢と貴族の乱入朝食を早めに食べて早めにお店に向かうと……うわぁ……。店の前には、昨日から並んでいたらしい人たちがずらりと列を作っていた。 先頭の方なんて、地面に寝転がって順番を待ってるし。 列は通りの角を曲がって、さらに奥まで続いている。中には、明らかに負傷している人もいた。 足を引きずっている者、顔色の悪い者、包帯を巻いたままの者―― 中には、立っているのがやっとという重傷者までいる。 ――一日だけ休んだだけで、これかよ……。俺は、思わず頭を抱えた。ここは病院じゃないぞ? 薬屋なんだけど……。「ミリア、病院は…
……ん?ふと、思った。“相手を思いやる心”――それって、メイドさんの方じゃないか?俺が何も言わなくても、察して動いてくれて、 気を配って、空気を読んで、完璧に仕事をこなしてくれる。 ――それ、日本人の美徳そのものじゃん。 ……仲良くなれそうな気がする。 いや、なれ―― ……いや、ダメだな。仲良くしてたら、ミリアに怒られそうだ。あの子、笑顔で「ユウヤ様、最近メイドと仲がよろしいですわね♡」とか言いながら、 内心でバチバチに嫉妬してそうだし。 ――うん、やめとこう。 俺の平穏のためにも。「今日のご予定は?」ミリアが紅茶を一口飲みながら尋ねてきた。「お店に行かないと不味いよね。昨日は休みにしちゃったし」「そうでしたね……」ミリアは少し疲れた表情を浮かべながら、メイドを呼んだ。 王都との往復や、連日の緊張のせいか、少し疲れが出ているようだった。「従業員の方の用意は出来ているのですか?」「はい。勿論でございます」メイドは即座に答えた。「え? もう?」俺は思わず声を上げた。 こんなにも早く手配が完了しているとは思っていなかった。「従業員は、国王陛下のご紹介と、わたくしの使用人の中から選びましたの。 優秀で、信用できる方々ばかりですわ」ミリアは自信満々に微笑んだ。 ――さすが、抜かりないな。でも、ふと思い出した顔があった。 昨日、怪我をした女性護衛――あの人、少し無理してたように見えた。「それなんだけどさ。 女性の護衛の人、店の従業員になりたいと思ってないかな?」俺がそう尋ねると、ミリアは少し意外そうに目を瞬かせた。「さぁ~、どうでしょうか。&he
頭の中に浮かんでくるのは――やっぱり、店のことだった。 ……でも、俺の常識が、この世界で通用するかどうかなんて、分からない。薬屋としての知識も、接客の感覚も、 この国の制度や文化に合ってるとは限らない。それでも――やっぱり、あの店に立って、客と話して、 誰かの役に立てる時間が、俺は好きだった。 ――もう一度、あの場所に立てる日は来るのかな。そんなことを考えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。考え事をしていたはずが、気づけば眠っていた。 目を覚ますと、まだ外は薄暗く、空気はひんやりとしている。 窓の外には、静寂と淡い朝靄が広がっていた。 ――昨日は夕飯も食べずに寝ちゃったしな。 腹も減ったし、何か軽く食べよう。そう思ってリビングに向かうと、意外な光景が目に入った。ミリアが、すでに起きていた。朝の薄明かりの中、ドレスに着替え、優雅にお茶を飲んでいる。 その姿は、まるで絵画の中の貴婦人のようで――思わず見とれてしまう。「おはよ」俺が声をかけると、ミリアはにこっと微笑んで振り向いた。「おはようございます、ユウヤ様」その笑顔は、朝の光よりも柔らかくて、どこか安心感があった。「朝早いんだね」「ユウヤ様こそ、お早いのですね」「昨日は、夕食も食べずに早く寝ちゃったからね。 ベッドに倒れ込んだら、そのまま……」「わたくしもですわ。 気づいたら、朝になっていましたの」ミリアがカップを置いて、ふわっと笑う。「やっぱり馬車での移動は疲れるね。 あの狭さと揺れ、精神的にも肉体的にもキツいよ」「はい……とても疲れますわね。 でも、ユウヤ様が隣にいてくださったので、わたくしは安心していられましたの」そう言って、ミリアはそっと目を細めた。